2014年07月29日

人をイメージで語らない。そして相手の自分に対するイメージは利用する

私は、人に対してある程度短い期間で先入観を持ち、この人はこういう人だと決めつけてしまう人のことを、「人をイメージで語る人」と表現しています。

色々と言われますが、人の先入観というのはとても大きな割合を占めていて、一度持った先入観を払しょくするのは非常に難しいです。そして、人は自分が思いたいように相手のことを、あいつはこうだ!と決めつけているものです。

それがよいこともあります。ぶれないことにも繋がるのかもしれません。
しかし、ことビジネスにおいては、この先入観は非常に厄介な代物で、対人関係、部下・上司の関係、仕事の内容、その他多くのものの中に入り込んだ先入観は、時に人を傷つけることも、間違った判断をすることも、人の意見を結局聞いておらず、相手を怒らせることもあります。

逆に言えば、最初に相手にもたれてしまった先入観を利用しない手はありません。
要は相手は、自分のことをこうだと決めつけているのであれば、それは相手が思考を鈍化させ、相手に読まれる状況を自分で作ってしまっているわけです。
この場合、相手の先入観を利用して演じた自分について、相手は自分の持っている先入観が正しいものだと勝手に意識し、疑うこともしないことが多いのです。

これについては経験的にいくつかの実験をしています。
相手はもう、私のことをこういう人間だと思い込んでいるため、その状況を利用して自分の有利になるような状況を作りこんでいきます。相手は気持ちよく思考し、こちらはそれをそのまま利用していることに相手は気づかないわけです。そして、こちらは相手の手の内をすべて読んだうえで行動できます。

勝手に先入観を持つこと、つまり人をイメージだけで語る場合、相手に付け入るスキを作ります。
逆に言えば、相手が自分に対してどのような先入観を持っているか、それを早期に知ることは、その人をうまく説得することも、だますことも、動かすことも、気分良くさせることも、嫌われることまでこちらの思惑通りに動かせる可能性を持っています。
そして、こちらが相手に勝手に先入観を持ってしまうことは、間違ったことをしてしまう可能性も出てしまいます。

勝手なイメージを自分では持たないように、常にそのイメージが正しいか、正しくなさそうなのか、勝手に固定観念にしてしまっていないか、思い込んでいないかを意識し、違う観点・違う角度から物事や人物、さらには自分をとらえるよう意識しましょう。それすらもイメージなのかもしれませんが・・・。

そして、次には相手が思い込んでいるイメージをしっかり理解し、時に相手のイメージに合わせた説明、相手のイメージを利用した行動、または相手のイメージを壊して育成させるなどに活用できるよう、意識して行動していきたいものです。

2014年07月28日

金融機関のMITB対策について

前からMITB攻撃という言葉がよく金融機関相手に出てきています。
それでも十分知れ渡ってきているため、最近では金融機関以外のサービスも狙われてきています。

MITB攻撃=Man In The Browser攻撃の略です。
簡単に言えば、対象者のPCにトロイの木馬を仕掛け、被害者が銀行のサービスを利用しているときに、被害者が気づかない間に不正にブラウザを操作してしまう攻撃です。
この攻撃を受けてしまうと、被害者は気づかない間に、金融機関のサービスであれば加害者の口座に不正に送金する作業を勝手に行われてしまいます。

この攻撃に対しての対策は大まかに三つあります。
1. 二要素認証
2. 専用のセキュリティ対策ソフトウェアの導入
3. トランザクション署名

1. 二要素認証は簡単です。ログイン時にパソコン以外の独立した別のデバイスでもログインをすることを意味します。たとえば携帯電話などを利用します。これによって勝手にログインされてしまうリスクを減らすことができます。ですが、ログインできてしまえば攻撃できるのですから、攻撃者は対象者がログインするまで待つことで、攻撃を可能にできてしまう可能性も指摘されています。

2. 専用のセキュリティ対策ソフトウェアの導入は、これまでのウィルス対策ソフトウェアよりももっと高度で、MITB攻撃に特化した検出に強みを持つソフトウェアです。
接続しているサイトが偽物ではないか検出すること、不正なソフトウェアがないかを検出すること等、各種対応が実装されていますが、まずこのソフトウェアを導入する前に、不正なソフトウェアが導入されていた場合には効果がない可能性があります。また、こういったソフトウェアは銀行からは無償でユーザーに提供されます。よって、攻撃者もこのソフトウェアを解析できてしまい、バグを突かれる可能性も否定できません。

3. トランザクション署名は、ワンタイムトークンを発行するハードウェアなどを併用し、送金をブラウザから実施した場合、そのハードウェアに表示された番号も同時に入力する必要があるものです。
そのハードウェアが発行する番号は、一定の時間で変化し、変化の仕方は端末ごとによって異なります。よって、攻撃者は利用者が持っているハードウェアをリアルタイムで見られる環境になければ、勝手にブラウザを乗っ取っても、同時に必要な番号がわからず、処理が受理されません。
この方法は非常に有効ですが、まずハードウェアが必要であること、そして、そのハードウェアの情報をすぐに盗み見ることができる状況、つまり、たまたまWebカムがPCについていて、Webカム経由でのぞかれていたなど、レアケースには対抗しにくい点が課題かもしれません。

よって、通常は上記3種類の組み合わせが必要となります。

でも、もっと単純な方法があると思います。
被害が発生するケースは、不正に送金されるなどの特定のオペレーションです。そのオペレーションがされた時だけ、携帯などの二要素認証に利用する端末にメールを送信し、そのメールにどういうオペレーションを現在しようとしているかサマリが表示されるようにします。
その内容が正しければ、メールにある認証情報をもとにオペレーションを継続するよう指示を出せば処理が完結するようにします。

利用者は不正な操作があればメールで気づき、その後の作業は承認しなければよく、同時に自分の操作もメールで記録を残せます。

もしかしたら私が知らないだけで、ログイン以外にも上記のような二要素認証が適用されているのかもしれませんが、具体的な内容にあえて触れず簡単にしか説明しませんでしたが、不正被害にあいやすいオペレーションの結果も二要素認証の対象としてしまえば、もう少し簡単かつ確実な対策があるのではないかと感じますが、いかがでしょうか。
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2014年07月27日

「考えなさい」という指示は無駄なことが多い

会社の上司からよく言われる叱られる言葉の最後に「考えてみなさい」もしくは「考えなさい」があります。
簡単に言えば、これは上司から部下に対しての教育をかねての言葉だったりします。
また、コーチングにしかり、いろいろなご意見の中で、コミュニケーションが重要であり、最終的には対話の中で考えさせるというのが結論として語られます。コミュニケーションについての多くの知識、経験は話の中でこうしたらよいなど雄弁に語られますが、考えさせること、その方法については全くと語られることがありません。

それは単純に考えさせることが話のテーマではないか、考えさせるのは別の機会でということか、もっと言えば、考えさせることまでは方法論がないかのいずれかだと考えます。

私には、この上司から部下に対する考えなさいという指示、言葉は間違えている対応だと思います。
もし最初から言われているようにもっと考えてきなさいという対応ができているのであれば、最初から考えて答えを上司にもってきているはずです。
誰だって、やっつけ仕事でなければ考えて仕事をして、そのうえで分からないから上司に相談するなり、考えた結果これが自分なりのベストという意識をもって上司に報告します。
そこからさらに考えてみなさいということに対して、何を期待しているのか?となります。

一つ目は、対話をしている中で気づきが本人にあったから、考えさせたら答えを自分の力だけで導き出せそうだと感じる場合。この場合はごくまれにありますが、その場合においては本人にはすでに答えが見えています。

二つ目は、あまりにも正解に遠いから、もう一度考えて少しは正解に近づけてみなさいという場合。
この場合は、多少は時間をかけただけあって正解に近づく可能性もありますが、逆に遠くなる可能性もあります。もちろん、正解に近づくヒントを出すこともあろうかと思いますが、そのヒントをヒントととらえるかどうかは相手次第です。つまり、上司のヒントを出してあげたという自己満足の世界で対話が完結しているのです。
このパターンの上司は、案外部下の言葉に耳を傾けていないことも多く、考えなさいというのは単に自分が正解に部下をコーチングしていくのをさぼっているだけのケースがほとんどだと思います。

もちろん、上記二つに合致しないケースもあるかもしれませんが、私の狭い経験の中では、特に二つ目の上司がほとんどを占めていると思います。

これは時間の浪費です。
まず、考える力というものを誤解しているかもしれません。
人は誰しも考えた結果について、考えた末に思いついたと思いがちですが、そういうケースは少ないのが実態だと私は思います。通常は思い付いたのです。。。ひらめいたともいえます。
それを考えていたからと表現しているだけです。

ある仮説を立てて、それが正しいかを論理的に導き出していく作業が考える力の一つだと思います。
つまり、考えている場合には、ある一つの考えの次の意見までしか出てこないのが実情です。そして、さらに次の意見にたどり着くのには、思い付きやひらめきが必要不可欠です。

上司が求める考える力は、ある種の思い付いた結果やひらめいた結果の正解を部下に求めていることと同義です。よって、上司に見せた成果物から本当に上司が求める正解を考えて導くことは通常できないものです。
それこそ、別の観点から思い付きでもしないかぎり・・・。

思い付きやひらめきは、大量の経験が必要です。
ある物事に対しての10の経験と、その中から出た100の不満に対して導いた解決策が思い付きやひらめきで表現でき、それを普通は考えた結果出たものと表現していると私は思います。

上司が部下の出した答えに対して考えろというのは、そのことに対して、部下に大量の経験をさせていなければ、時間の浪費、部下は考えても何をどう考えたらよいのか、むしろ自分はものすごく考えたのに・・・と不満を持ち、さらに試行錯誤して場合によっては近づくかもしれない正解もあるかもしれませんが、より正解が遠のき、さらに時間が浪費されます。

考えてみなさい、その結果出た答えが正しければ成功体験になるのかと言えば、そうでもないのも実情です。
残るのは時間の浪費と部下の本当にこういう上司のやり方は正しいのかという思いを残すだけです。
上司にとっては部下を思って考えさせたのかもしれませんが、部下にとってはもっとビジネスに対してドライに時間の無駄を意識させることになります。

考えさせるのではなく、答えを提示した上で、どう違うのかをコミュニケーションの中で部下に発言させるのが、もっとも次に部下は自分の行動が正しく上司が求めるもの、ビジネスとして正しいものだったのかを考えるきっかけになります。

上司は単に考えてみなさいと、答えを提示せずに、またできなければ仕事を取り上げてしまうのではなく、考えさせるならば、それなりの理由と行動を示す必要があることに気付くべきでしょう。

2013年02月10日

禁じ手「犯人探し」は本当にNGなのか?

いわゆるコミュニケーションを大事にすることを重視するプロジェクトにおいては、また一般論としてのプロジェクトマネジメント論としては、例えばあるミスを犯したプロジェクトメンバーや上層部に関してこのようなことが言われることがありませんか?

「犯人が誰かであるかは重要ではない」

そう、犯人ではなく何が起きたのかを注視しようという観点に立って問題の本質を見極めようというのです。つまり、注意喚起メールは行われますが、犯人を探しているわけではないため、犯人が分かりません。誰が犯人かわからない状況ですので、送られるメールの内容は語弊の少ない、「で?」と言いたくなるような文言に落ち着きます。

「〜〜は気をつけましょう」等です。

きっと色々とあるのでしょうが、この考え方の根幹に在るのは「誰だってミスをする」というところでしょうか。

でも、だいたいの人は自分ではない、自分とは関係ないという意識の元、こういう注意喚起は他人事に思えてしまうものです。
それこそ、だれだってミスをするという観点でいるならば、他人事になるという観点でも発言をすべきでしょう。
ですが、そこまでには至らないことがおおいと思います。
よって、気をつけるよう言われても、具体的にどういう行動をすればいいのかは不明です。

少々話をずらしますが、
例えば、誤って間違った(自分が一時的にデバッグ用に他人が担当のソースコードを修正して、そのまま)ソースコードをサーバに保存して、そのまま忘れていたとします。
普通であれば、そもそもバージョン管理システムを使えばいいとか、ファイルサーバなんかに保存しなければいいというのがありますが、案外SIerで働く人間は知識も技術もなく、バージョン管理システムを使うというだけで拒否反応を示す人もいれば、理解がない、教えないといけないという状況が出てきてしまいます。

おかしな話ですが、そこはプロジェクトの方針として、サーバに保存するとして話を進めます。

ファイルサーバでは履歴も何もないため、誰が保存したのかもすぐに分かりません。
注意喚起のメールは、以下の様な感じのものが送られたりします。
「ファイルサーバにデバッグ用のコードが残ったものが保存されており、しかも古い状態で上書きされていました。今回は担当者が最新のソースを残していたため、元に復元することができました。次回からは自分が担当しているソースコード以外はサーバに保存しないでください。保存する際、自分のソースコードの選択が正しいか確認し、またコピーする前に差分比較を実施してください。」

そもそも論を展開すると、どんどん広がる内容です。

「人間はミスをするものだし、ミスをしない人は最初から当たり前のように確認しているだろうし、それでもミスをしてしまうのが人間だし、でもそのために履歴を保存できるようにしているだろうし、でもそれでも壊してしまうかもしれないし、壊れてしまうかもしれないし、そもそも人間だからミスをして。。。。。。。。」


話を元に戻します。

私は何かプロジェクト上で問題があった場合は、「なぜそうなったのか」と同時に「誰がやってしまったのか」を調べるべきです。つまり犯人です。
ただ、それは犯人を吊るしあげたり公表したりすることが目的ではありません。

犯人がヒアリングしなければわからないケースでは、プロジェクトリーダー(できれば2名以上で)はメンバーを1名ずつ別室へ呼び、「今回こういうことがあった。このソースに関係しそうなのはあなただけど、やってしまった記憶はありますか?」というところから犯人を探し出します。別室へ呼ばれることに対して恐怖心がある方もいるので、そこは口頭・メールなどを使い分ける必要があります。

犯人であれば「そうですか。ミスは誰でもするものです。ですが、他の人も同様のことがあるかもしれません。ミスを減らすために対策を考えたいのでご協力いただきたい。今回どういう経緯で事態が起きたか聞きたい」と事態を確認すべきです。その上で、個人の背景を聞いて、対策や事態の周知をするのかどうかを判断すべきです。

犯人でなければ調度良いので「今、プロジェクトでは急ぎでやっていることもあって問題が多い。この場を借りて、何か問題が出ていないか、気付いたことが些細な事でもあれば教えて欲しい。それが後々大問題になってしまう問題かもしれないし、そうでないことかもしれない。ですが、メンバーの気づきを大事にしたい」と情報を引き出します。

それをやってしまったのが、人によって背景が異なる点も重要でしょう。
普段はしっかりしている人が犯人で「たまたま頭がその日痛くて注意力不足だった」のであれば、実は注意しましょうでは解決せず、体調不良だったら休みましょうの方が適切ではないでしょうか。
一方でBさんが犯人で技術不足であれば、教育が必要かもしれません。
Cさんが犯人で正確的な問題でルーズな人であれば最初の注意喚起は効果があるかもしれません。

でも、犯人が誰か特定されておらず、汎用的なメールでは、そもそも自分のこととは思いませんし、自分の行動が悪い行動とは気づかないことも多く、また何度でも同じ事を繰り返します。
つまり、注意喚起は根本的な解決にならず、問題の再発を引き起こしやすいのです。

ただし、犯人が分かったからといって、「あの人が犯人でした。」、「あの人が根本原因でした。」という姿勢は持ってはいけません。
あくまで、事前にこういう問題があったけど、プロジェクトとしての問題の提起を早期にしてくれた協力者だったという観点を残して接することで、その方のモチベーションを低下させないよう対応する必要もあると考えます。


こう考えたのは、今回のプロジェクトでは何回も同じミスがあるのにも関わらず、一向に解決しない状況が発生したために、こういう考えに至りました。
また、営業やPM、PLが実は理解、知識、技術不足で意味不明な要件を確定してくる場合もあります。その場合も、正しくミスであることを教え、なぜそれがダメなのかをわからせない限り、また同じ判断ミスを上がしてくることがあります。

プロジェクトメンバーのミスは案外小さい問題が多いですが、上層部のミスはプロジェクト全体に影響することが多いです。むしろこちらのほうが、根が深いことが多いのが悩ましいところでしょう。

2013年02月08日

アンプを買いました。

お正月に、日頃の自分のご褒美でAVアンプを買いました。
妻が快く許可してくださったので、本当にありがたく思います。
いつもありがとうございます。

さて、購入したのは、ONKYO TX-NR616ブラックです。
さらに、音響系のものは特に持っていなかったので、スピーカーとケーブルも買いました。

スピーカーは、フロントにB&WのCM1 ピアノブラックです。ただ、ネットではCM1はなかなかセッティングが難しく、ボーカルが奥にいるような印象になるとのことで、センターを別途つけました。安かったのでONKYOのD-109C ブラックです。
ケーブルはNANOTECの安いものです。安いお陰で、CM1にバイアンプ接続しています。
最初は普通に接続していましたが、低音の響きが気になって途中でバイアンプに変えました。


私が聞くのは、クラシックのブラームス、小澤征爾とサイトーキネン、あと、坂本真綾、UVERworld、COLDPLAYが多いです。変な組み合わせです。。。

全部個人的な印象と評価ですので、あてにはなりません。。。

が、さて、まずはアンプの評価です。
実はYAMAHAのRX-V773、DENONのAVR-2213と迷っていましたが、お店で聞いた感じでは、性能的にはTX-NR616が一番かなと思いました。当然それぞれお店でセッティングされていた場所もスピーカーも違うので、一概には言えませんが、TX-NR616が一番クラシックのピアノと静寂さがきれいで、聞き疲れしませんでした。
迫力ではDSPがあるのでYAMAHAです。そして、DALIのスピーカーで聞かされたDENONが最も音色が暖色系に変わってしまい、元からずれてしまっていて気に入りませんでした。
あと、TX-NR616は値下がり感が強く、安かったです。。。

フロントのスピーカーは、結構ヨドバシカメラでよく聞く曲を長時間、店員さんに聞かせてもらってじっくり考えました。

最初はONKYOのD-412EXか、YAMAHAのSoavo-900Mもしくは、NS-B750を考えていました。
でも、クラシックが何か違う、UVERworldのボーカルも何か違うなということで、やっぱり海外も聞いてみようということで、色々と聞いてみました。
DALIのZENSORはもっと暖色系になってしまったので、ここはB&Wの685へ。。。でもやっぱり違う。。。
値段を見ていると、お小遣いとしてはここまでか。。。と思っていたところ、店員さんからQUAD 11Lを聞かせてもらいました。
おお、全然違う。。。では、KEFやTANNOYは?と思ったのですが、こっちを聞いてしまうとやっぱりKEFもいい。。。
でも、こっちまで行くなら近い価格帯のB&WのCM1は?と思って聞かせてもらったところ、一番音のこもりが少なかったのがCM1で、元の原音に近いように感じました。
後で知りましたが、CM1のCとMは、Compact Monitorの略の可能性があるらしく、モニタースピーカーということで納得しました。
最終的に、D-412EXの倍のお値段のCM1にしました。。。あらま。。。

正直CM1にしてよかったです。ですが、最初家でセッティングした時、低音がとても暴れて、ドコドコ響きました。リアのバスレフポートにスポンジは入れてません。。。そして壁から10cmぐらいしか距離がない状態でした。。。

それはそれは酷い状況でしたので、壁から20cm離してみたら、かなりよくなったのでそのままにしました。。。本当は50cmは離したいですが。。。

CM1は確かにネットの評判通り、フロントのみで聞くとボーカルが奥気味に感じます。ですので、センターをつけました。というか、案外ONKYOのスピーカーは音がよくて、D-509シリーズで揃えてしまうのが一番良かったかもなんて思う今日このごろです。

アンプの設定でセンターの音量を小さめにして、DOLBY PLUもしくは、センターなしのPure Audioで曲を聞いています。
今までSONYのアクティブスピーカー、SRS-D5で聞いていましたが全然違います。。。


本当に高かったですが、本当に良い買い物をしました。
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2013年02月07日

当事者意識が欠如したプロジェクト

去年からとても大変なプロジェクトに途中からがっつり参加することになり、まったくブログも何も書けないぐらい忙しい状況になってしまいました。
やっと1月末でプロジェクトがだいぶ落ち着きまして、プロジェクトから抜けることができました。
とはいえ、2月からまた残念なほど状況がよろしくないプロジェクトのため、どう切り抜けていくか悩む状況です。

1月末まで参加していた案件ですが、元々は私はあまり関係のないプロジェクトでした。
プロジェクトが2つ独立して走っていて、その2つが少々内容に類似性のある珍しい感じのものでした。
よって、独立はしながら最初私が参加していたプロジェクトの方では他方のプロジェクトを少しお手伝いして行きましょうという感じになっていました。

完全にお手伝いの気分です。
それが去年の初夏ぐらい。
ですが、私はプロジェクトをお手伝いしてはいましたが、プロジェクトの状況やスケジュールまでは見ていませんでした。そこが敗因です。逆に言えば、その程度のお手伝いだけやっていた感じです。

晩夏には、プロジェクトが遅延しており、フレームワークがほとんど動作しない状況であることが判明しました。
ですが、その時も私は状況を知りながら見ていました。

たぶん、相手方のプロジェクトメンバーは、なぜ知っていて見ているだけなんだと思っていたことでしょう。
逆に言えば、相手方のプロジェクトメンバー、つまり現場レベルでは「やばい」というのは認識されており、上だけが理解できていなかったということです。


本当に私は最初、「うんうん、それは大変だね」というだけで、何も手伝いもしませんでした。
それが本当に敗因で、後から考えれば残念な状況となった一番の原因かとは思います。

言い訳がましいですが。。。
ですが、私はずっと、本当は私が入らないでも、自分たちで状況を上にエスカレーションし、自分たちで状況の改善をして欲しいと思っていました。

ただ「これはやばい」、「手伝って欲しい」というだけでなく、自分たちが率先してもっと行動して、何がどうまずいのかちゃんと警告をあげていき、その上で上司から「どうなっているの?」と私に話が来るよう、現場レベルから行なって欲しいと考えていました。
が、現場レベルからは「PMが話を聞かないからどうしようもない」ばかりで、では話を聞かないならどうしたら良いかは考えがない、まるで他人事、頼みが叶うのをずっと待っている、そして文句だけをいう状況だけでした。

本人たちは一生懸命だったとは思います。
でも、自分たちで状況を改善するという意識が見えず、ずっと他人事のような感じだったのが気になりました。


私はよく、「プロジェクトの中で問題をずっと包み込んでいることは問題。なぜもっと早く相談しなかったんだ」と思いますが、今回は明らかに全員、当事者意識が足りず、「誰かがなんとかしてくれる。なぜなら、上がなんとかなるって言っている」ということで、危機感はあるけど何もしない状況が続いていたのが気になりました。


最終的に私もどっぷりと中に入り、プロジェクトの立て直しをすることになってしまいました。

目的意識や、他人事ではなく当事者意識をしっかりとプロジェクトメンバーが持てるように上がコミュニケーションを取る、また上層部自身もそのような意識を持つよう行動する必要性を感じた今日このごろです。
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2013年02月05日

ひさしぶりのブログになってしまった。。。

去年から色々と作りたいものがあるのですが、なかなか作れず。。。
プロジェクトが忙しかったのですが、最近年齢なのか、プログラムをするには集中力が足りていない気がします。

kommons-libはまだバグがあったり、作り足りていないものがあります。
早めに着手したいところです。

あと、画面系ではJava FXがもしかしたらいいかなと思う今日このごろです。ですが、SWTもなかなかです。

がんばります。
では、今年もよろしくお願い致します。
posted by Kiruahさん at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年10月13日

思考力を身につけるための習慣 (4/4)

どうやったらこの思考力を身につけられるのでしょうか。
非常に難しい問題であることは想像できます。
私の考えでは、思考力とは習慣から身につくものだと言えます。

よって、大人になってから身に付けるのであれば、保証できませんが、私の考えでは以下の行動をとることになりそうです。


1. 自分が理解のために努力しない人間だと認識しましょう

諦めない、投げ出さないと等しいのですが、自分が上記のような人間だと謙虚になり、姿勢を改める以外にありません。「いや、私は謙虚だ」と思った時点で謙虚ではないと思いましょう。それほどに前提が成立していないのです。


2. 仕事でも趣味でも、ものすごく好きなものを探す

好きなもののために何をおいても行動するという意思と、実際に行動することが求められます。そのために散財することにもなり得ます。子供の頃は散財する財力もないために、逆に好きなものを以下に長く続けるか、大量に手に入れるか考えることを行えます。なので長い間、ものがない/困ったことがある子供というのは、大人になって思考力があるケースが高いです。
大人になると、欲しいものはある程度買えます。でも、ある程度行くと抑制心が働きますので、散財するほどではないケースが多いでしょう。破産しない程度に散財するぐらい、好きにならないとだめかもしれません。。。

ただ、生活できないほど散財しないようにするのは難しいでしょう。生活についてもしっかり赤字にならないよう考えてください。

そして、何でもよいので、好きなものの知識を深めてください。


3. 現状に困っていることを探す

好きなものに詳しくなってください。具体的には好きなんだけど、こういうものが足りない/困るというものが見つかるぐらいにです。どんな些細なことでも困っていることを探し、何とか解決しようとしてください。それは既製品をまずは探すでもよいでしょう。見つかれば良しとしてください。どんどん改善してみてください。
改善するという行為が考える行為になっていきます。


これを2年ぐらい続けてみて、やっともしかしたら思考力の基礎が身につくかもしれません。
これについては保証できません。。。。。
ただ、何でもかんでもやってみるということに結局結論付けされます。。。

2012年10月12日

思考力がないことのデメリットを知る (3/4)

書籍には考える力がないことによるデメリットが示されていないことが多いように思います。
このデメリットについても知る必要があると思います。

仕事にしろ勉強にしろ、どんなことでも次のステージに進むには何か必ず新しいものを理解する必要があります。もしくは新しいものを生み出す必要があります。そのためには新しいものについて考える能力が必要です。勉強の場合、通常高校までは先生が先に新しいものを教えてくれます。そのため、新しいものを自分から理解しようという能力は育ちません。そして、それに慣れてしまうと、知識は与えられるものだから、待っていれば答えがいつか得られることを無意識に考えてしまいます。これが自分で考えることを阻害し、分からなければ降参さえすれば、誰かが答えは教えてくれると待ちの状態になります。

社会人になれば、勉強すらも自分から新しい領域に踏み込まなければなりません。いえ、踏み込むことは簡単です。本を買うなり、人に教えを請えば良いのですから。でも、そこでは答えを簡単に教えてもらうことはできません。正確には答えがない可能性が高いです。社会において答えとはないに等しく、いわゆる処方箋に近いものです。よって、誰かのやり方が正しいかといえば、別の状況では全く正しくない、もしくはもっと良い方法があることが多いのです。

また仕事にしてみれば、何か新しい革新を生み出すこと自体、既存にはありませんから答えなど教えてもらうことはできません。それこそ自分で答えを作る人間にならなければなりません。それが考える力になります。それを既存がこうだからとか、調べたけど答えがないと言っていては、当然何も改善も革新も新しいこともありません。また、現状何が問題か、不満はないかなども考えませんから、結局は非効率な方法を続けます。

これらはもし会社であれば、人件費として莫大なコストとなります。

会社員は法的に十分保護されています。就業時にいわゆる能力主義による契約をしていない限りにおいては、容易には解雇されません。
それが逆に、安心感を生み、社員自らの向上心を阻害する要因になり得るケースもあり、一概に良し悪しを言い表せません。良いのは、考える力がある人間からすれば、チャレンジ精神を持って新しい分野に進出し失敗したとしても、そこは守られるためです。また会社もチャレンジ精神のもと、正しく活動した社員は重宝こそすれ、捨てることはほとんどありません。
逆にチャレンジせず、現状を変えることもしない社員は、単に守られているだけで、会社には害しかありません。会社は基本的に、社会に貢献し、利益をあげ、会社を大きくすることが求められます。その全てにおいて重石になります。

この重石はチャレンジしようとしている人間にとっても害になります。チャレンジしようにもお金がなくなれば、会社はチャレンジを容易に認められなくなります。また、チャレンジできる能力を有していても、考える力がない社員が活動できるよう、彼らが考えなくてもできる方法を模索することにチャレンジする必要性が出てきてしまいます。つまり、チャレンジできる人間は社外に能力を発揮して確認するのではなく、社内の考える力がない社員に向けた閉じたチャレンジしかできません。
結果、これらは別に評価されることもなく(考える力のない社員が幸福になり、そして感謝もされませんし)、文句も言わずにこれまで同様残るか、会社を去る道を選ぶことになります。

考える力がないということは、会社が革新する上での妨げになります。

考える力がない人のデメリットはその人自身にはありません。その人の周りの方にしかデメリットは発生しません。昔であれば聴衆を簡単に扇動できたでしょうが、今の方は思考能力にまで発展しませんが、自分にデメリットでは?ということだけは、自分を守るために感覚的に考えます。
ですが、あくまで自分のデメリットまで。他人に与えるデメリットを認識するには至りません。
また、何となく考える力がないなと思いながらも考える力がないことを実感できない、自分で気付かないのも考える力がない場合の特徴です。
そして、得てしてまわりからは評価されないのですが、その評価の理由も分からず、教えてもらえることもあまりありません(どうせ聞いてもなぜなのかを考えないため。。。)。

はっきり言えば、この記事は耳障りな内容だと感じる方も多いでしょう。ですが、デメリットを認識しなければ身につけるモチベーションにならないかもしれない、逆に言えば、この記事でモチベーションにつながる方もいるかもしれませんので書かさせて頂きました。

2012年10月10日

思考力がある人はなぜあるのか?思考力以前のハードル (2/4)

思考力がある人は多くの場合、ある特定の分野に対して非常に特化した思考力を持っています。それは概ねどの分野でも構わないのですが、あまりに趣味に走りすぎた分野の場合は単純に詳しいだけになりがちです。


どういうことかと言いますと、つまりは思考力は過去の自分の記憶や経験から推察されるものがほとんどだということです。そしてその分野に特化して、詳細に記憶や経験がある分野において、想像をふくらませることを何度も経験すると、まずは、その特定の分野に関してのみ思考することができるようになります。この想像をふくらませるというのは、訓練のためにふくらませようとしているのではありません。

簡単に言えば、その対象のことが好きだからよく考えるだけなのです。私だったらゲームやコンピュータのことが好きだから、そのことをよく考えるだけです。


必ずしもではありませんが、思考力がある方は、具体的にはその対象、ものや分野に関して以下の感情を持つことが前提です。

1. すごく好きだと思う
2. よく見聞きしている。
3. 興味がある
4. 趣味
5. 楽しい、面白い
6. やっている。やってみたい。
7. (ごく稀な例外ですが) やりたくないぐらい、すごい嫌い


その現在の状態に対して考えるというものをし尽くし、現状に満足しない状態になった時に状態の変化を考え出します。どうにかして新しいものを、どうにかして改造を。。。などです。この状態の変化を引き起こそうとする行為が思考力を鍛える方法になり、これを何度も行うと思考しようという糧になり、そして、実際に状態の変化の行動を起こすことで思考力が鍛えられ身につくようになります。この状態を変化させる行動はよく失敗します。失敗するからこそ、どうしたらいいのか、前提はなんだったのかを何度も考えます。それが建設的、論理的な思考の順序を考える訓練になるのです。

これが経験上、次にどうしたら良いのかを考える基礎となり、今までこういう手順で状態を変化させてきたというものをベースにどんなことも建設的にこうして行く必要があるのでは?と考えるようになります。

思考力がある方は、単純にある特定の分野の上述の経験を、何となくだったり体系だっていないけれど、考えることができる、考えることが苦ではないというだけです。


今更どうしようもないと言われてしまえば、どうしようもないでしょう。
簡単に言えば、以下に当てはまる方は、思考力がない場合がほとんどです。

1. 好きなもの、熱中するものがない
2. 好きなもの、熱中するものはあるけど、単純に見ているだけで満足する
3. 見ているだけで満足しないけど、仕方ないから諦めて、自分で好きなものの状態を変えようとしない
4. 状態を変えようとしたけど、知識、(一般)教養がない。
5. 知識も(一般)教養もないけど、できる/できないの結論を理由を持って出す前に、途中で投げ出した

この内、知識や一般教養は好きだけでは身につきません。好きな分野に関しては知識は身につきます。単純に詳しくなったり暗記するだけです。でもどうしてもそれだけでは、複数の知識を身につける何かが足りません。言葉だったり、数字だったり、時事だったり、物理だったりするかもしれません。これら複数の知識をつなげるために一般教養は必要です。


また、状態を変更するというのは以下の欲求を解消することを指します。

1. 楽しいけど現状に飽きてきた。もっと楽しくしたい。面白くしたい
2. 人がやっているのを見ているのが好きだったが、自分でもやりたい。だから何とかやりたい。どうにかしてやりたい。
3. こういうことができたらいいなと思う。ちょっと何か自分に合わない。一手間あるのが面倒だと感じた
4. どうしても今のままだと面倒くさい。楽になりたい。
5. 今のままでは、これができなくて困っている。自分で何とかしたい。自分でどうにかしたい。

よって、例えば麻雀は好きだという方は、最初の好きなものがあるという前提を満たします。ですが、現状の麻雀のルールに満足して面白いと思うだけでは思考力は身に付かないのです。ルールをねじ曲げてみたい、如何に効率よく状況を簡単に把握できるようになるにはどうしたら良いか、自分でルールを展開したいと思うようになってしまうぐらい熱中する人が、最初の思考力の基礎への扉が開きます。

また、困っていても、それを自分で何とかするのではなく、既製品から探すだけではやはり考えないため思考力は身につきません。自分の要求を叶え終わっているものを探すだけでは、あれば満たされ、なければ諦めてしまうため、考えません。あくまで、探しても、その後無ければ諦めないで自分で何とかしようと思う場合だけです。逆に言えば、諦めてしまうというのは「好き」ではあるのでしょうが、「ものすごく好き」ではないと思います。


上記のほぼ趣味に近いことを経験したことがない場合、思考力が身につきません。

そして、その状態を変えるということを何度も何度も、何年もかけて経験すると、思考力の基礎ができます。思考力とは趣味の改善に近いものです。


好きでも嫌いでもない感情を持ったまま、思考力を身につけたくて本に頼ります。でも、どうやればいい、ああやればいい、と言われても、ふーんで終わる。結局それの必要性は何となく理解できるけど、それを習慣にはできない。最初はがんばってやってみているけど、しばらくすると忘れてしまう。だって、興味がないから。本当に必要な時はそんなにないし、面白くもないからとなって、結局身に付かないのではないかと私は考えます。